01/01/2005

サヨコは赤い花を活ける。

 子供の頃、星座というのがよく解りませんでした。
 いくつかの大きな星をつないで星座と呼ぶ…ところまでは解る。
 ハクチョウ座はOK。ヒシャク星はもちろん解ります。
 だけどそれが熊だというところですでにギリギリで、双子座や射手座や魚座なんかの絵になると、なんでそう見えるのか全く解らなかったし、なぜそれを学ぶのか本当に解りませんでした。

 ところで子供向けの科学番組で(笑)最近見たのだけど、人間の脳というのは三つの点が近くにあるのを見るとそこに人の顔を見いだすものらしい。
 それまでに見てきたもののパターンを記憶して、パターンからそれを予測するばかりか実際にそれを見てしまう。
 それがさまざまな錯覚だったり、枯れ尾花に幽霊をみる事だったりするのだけど、それこそが人間らしい物の見方でもあるのだと。
 思うに、それらに見いだすものとはつまりその人が「見たいもの」なのでしょう(逆に「決して見たくないもの」かもしれないけど、たぶん同じこと)。
 そして僅か三つの点でなく星座のような複雑なパターンから見いだすものには、きっとその人自身が現れる。
 星の瞬きのような一生の儚さを思えばそれは他人にも知って欲しいし、もし共感してもらえるなら無上の喜びの一つなのではないでしょうか。

 残念ながら星にはあまり興味は持たないまま大人になりましたが、謎のある物語が大好きで、深読み裏読み行間読みが身に付いた、いわば妄想癖のひどい大人にはなれました。というか成り果てました(笑)
 語られた物語が星だとすれば、描かれなかった部分は星間の(黒よりも黒い煤色の)闇だと思います。
 天の川のように星が密集している物語でも、小さな星がまばらにあるだけの物語でも駄目ですが、美しい星が適度な間合いでに描かれた物語の闇(謎)のキャンバスには自分だけにしか見えない星座が見えてしまうのです。
 そして自分だけの星座を愛するあまり、いつのまにかヒシャクは熊に成長し果てはペガサスやら乙女やらケンタウロスやらが見えるに至って、ようやくあの無理矢理気味な星座を心に描いた人々の気持ちが解った気がします。
 それらを他人に伝え残した気持ちも。
 だから私も心に浮かんだ幻の星座をここに書き記してみようと思います。「他人の夢の話ほどつまらない物はない」等といわれるように、他人が読むに値するかどうかははなはだ疑問ですが。

 まずは、ドラマ六番目の小夜子という星空に自分が見いだした星座から。

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